生まれて初めて作った基板とその時代


 小学校の低学年(1〜3年)の頃は世間でも時代遅れの真空管を扱っていた。ヤードにいくらでも捨ててあった真空管セット(TV、ラジオ、ステレオ)と違って、トランジスタは殆どがアキバで買わなくてはいけないので入手が難しかったのだ(主に金銭的要因)。真空管はラグ板部分を除けば空中配線なのでハンダ付け・ワイヤリング勝負だったから意外と安くできる。シャーシは五球スーパーでも並四でも拾って来ればいい。それでAFアンプから送信機まで何でも組めた。そしてそれは真空管世代にとっては普通の技術だった。

 それでもたまにトランジスタを使った簡単なモノを製作したいと思った事はある。雑誌の新しい製作記事はほぼ半導体になりかけていたから。それにはやはり基板を製作しなくてはならない。今のような穴開き基板なんて売っていなかったしあったとしても高い。初ラの紙基板は今ならむしろ面白いけど当時はトーシローぽくてイヤだった(^^;


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 この見るからに稚拙な基板は筆者が小学校2年か3年の頃に初めて製作したものだ。ちゃんと正確にエッチングしてあるし、フラックスが塗ってあるので半世紀経とうとしている今も酸化していないのは見事だ。穴が開けてないのは(当時はドリルが無いから)面実装のように部品を上に載せる方式だったのだろう。パターン線はマジックだと思うが引き方はテキトーで汚いが初めてにしてはよくやったという事で。

 但し何の回路なのか思い出せないし、今見てもTR一石回路らしいという以外はよく判らない。発振回路なのかアンプなのか?感じとしては発振回路だと思う。今思い出したけどこれを製作した頃にボウリング場跡で2SC538の一杯付いた基板を拾ったのを記憶している。ランプと同じ回路が一杯並んだ基板だったので何かのイルミネーションで2SC538(CANタイプ)はSWだったのではないかと…。

 塩化第二鉄はマルカで500g入りの試薬のものを買った。出来合いのエッチング液などシロート臭くて使えるか!と思っていたに違いない(^^ エッチング液はかなり薄いので使う量は僅かだからこの時買ったのが90年代まで残っていた(残りは捨てた)。フラックスは物知りのジジイに松脂から自作する方法を聞いて作った事がある。ナマ基板は国際ラジオ等に工場から出たキリ落としのハンパ物(サイズ不定)がタダ同然で無尽蔵を感じさせるほどに売っていたのでいくらでも買えた(子供だと基板に限らず偶にタダで貰えた^^)。もちろん当時はヒマもヤル気もあった。

 記憶ではこの基板は同じものを二枚作っている。おぼろげだがこれと同じ基板に部品が載っているのを見た記憶があるのだ。予備だったのか二枚作る予定だったのか?多分一枚作ったらあまり良くなかったので断念したのではないか。昔作った作品は全部残らずRF-1150二号やSF-22やRF-541や多数のCBトランシーバーやらのジャンクと共に全部捨ててしまったが、これは保存の場所を食わないので記念品として半世紀持っている(^^ 多分死ぬまで持っているだろう。

 このあと基板は何枚作ったか記憶にないけど筆者にとって70年代前半は自作に明け暮れた時代だ。80年代以降は市販機の改造が主となり、完全自作の電子工作はサッパリやらなくなったので感光基板は使った事が無いと思う。まあ小学生当時に有ったとしても絶対使わないと思いますが。